前立腺がんの末期と診断され余命宣告を受け在宅介護中の親父に伝えることができなかった僕の体験談です

親の在宅介護

おはようスパンク(*’ω’*)

ちょっち

今日は医者から余命宣告をされ親父に伝えるか黙っておくかどうすのかと言われて僕はどうしたのかをブログに記録として残しておき鯛と思い鱒

アルコール依存症から始まり前立腺癌と最期には深夜徘徊とせん妄で月に帰って逝った親父ですがどんだけいろんなことを体験しているんだろって思い鱒(笑顔

前立腺癌の末期が一番のダメージとなって最後には心肺停止と死亡診断書を担当医が書いていた記憶があり鱒

僕もこの移り変わりについていくってか対応して在宅介護を1人でするのに必死で無我夢中でした(笑顔

塚地武雅夢中でした(笑

またまた話が脱線してしまい申し訳(笑

気が付けば10年以上あっちゅうまに経過していたみたいな感じです(笑

余命を宣告されて本人に伝えたほうがよかったのか

結果論で話鱒(笑

アルコール依存症の親父に余命を伝えると絶対にリミッターが外れて1日で急性アルコール中毒になるほど酒をあおると思ったので僕は医者に口止めをしてもらいました

僕が同じ状況なら確実に僕も同じことをしていた自信があったからです(笑

睾丸をとる手術をすすめられたのですが親父はそれを拒否しました

手術をしたほうがよかったのかしなかったほうがよかったのか僕にはわかりませんが結果的には余命宣告より長く生きた親父に医者にも奇跡だと言われましたが(笑顔

僕が毎日、必ず一緒に晩酌をして笑わせていたのが一番の薬となっていたのかなと思い鯛です(笑

あとから医者に言われた言葉が未だに悔いが残っているのですが初期発見なら放射線治療で簡単に治る病気だったと

薄々とは自分の寿命を知っていた親父

僕と医者は親父には病気のことも余命のことも伝えなかったのですが、一緒に晩酌をしていると自分の体のことは自分が一番わかっているのでいつ死ぬかも自分が一番知っていると言っていたのを今でも覚えてい鱒

ドンピシャで親父が予想したときに月に逝きましたから(笑

親父が死ぬとわかったとき

親の死を考えることなくなんとなく普通に生きていた自分が今思うと恥ずかしいです

余命宣告をされたときは公園で一人であのパンダの乗り物の上で涙を流しました

ガクンっとうなだれて何もやる気もなくして自暴自棄になりかけましたがすでにアル中の親父を介護していたのですが絶対にこれ以上に僕も親父も苦しくなると予想していたので本格的に親父を家でバックアップできるように進めていこうと気合が入った記憶も蘇ってきました(笑顔

 

今日も誰よりも笑って誰よりも楽しんで誰よりも親父に親孝行をできなかった分はおちゃめおかんにして生き鱒

親の在宅介護
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